第4章 雪上の氷壁 【上杉謙信】
────女は、名を茅乃と言った。
戦の後、高熱で倒れた茅乃はこの数日間床で臥せっていた為まともに会話をするのはこれが初めてだ。
おずおずと室内へと入ってきた茅乃は皆の輪の中でしばし立ちすくんでいたが、信玄に促されやっと腰を下ろす。
「身体の具合はどうだい?見たところ、まだ本調子じゃなさそうだが」
「私は大丈夫ですので…。ご心配ありがとうございます」
「……。そうか。
これから少し質問していくが、如何なる返答でも君をどうこうしようとは思ってないから安心してくれ」
「……はい」
茶を差し出すも手を付けようとしない。まだ警戒しているのだろうと思ったが、「どうぞ」と勧められると素直に飲み始めた。
頃合いを見計らった信玄が話を続ける。
「──改めて聞くが、君は今回我々が追っている男の行方を本当に知らないんだね?」
「はい」
「失礼だが、子供は?」
「おりません」
「子が居ない状況だとしても正室である君を置いて姿を消すとは、にわかに信じ難い。
何か言付けされてもいないと?」
「……。一言だけ……
御館様は家臣達を連れて城から出ていく際、一言だけ私に命じました。
“壁となれ”…と」
「それは一体…」
「真意は私にも分かりません。ただ言葉の通り行動するしかありませんでした。御館様の言いつけは絶対でしたので」
────確かにあの時、俺の前に立ちはだかったこやつはまるで壁を表現してるかのように両手を広げていた。
しかしこんなちっぽけな女ひとりが阻んだとて、何の意味もないだろうに。
即座に斬って捨てられて終いだ。