第4章 雪上の氷壁 【上杉謙信】
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あの後、城を落とした上杉軍は事実上の勝利を掴んだが、肝心の敵将は敗走し行方をくらませてしまい……
生け捕りにした者達を拷問にかけるも有益な情報は得られないまま、数日が経っていた。
「──今のところ友好国等へ亡命したという報せは入ってきてません。それどころか目撃した者すら居ないようです。どうしたものやら……」
「おおかた農民か破落戸にでも化けてどこかに潜んでいるのだろう。引き続き探らせる」
今後の対策を練っている最中。
訪れた佐助の調査報告を聞きながら天を仰ぎ、ふうっと一息つく。
「なぜそこまでして頑なに逃げる。俺は斬り合いを愉しみたいだけだというのに」
「そりゃ死にもの狂いであんたから逃げたいでしょーよ。論点がずれてますって、謙信様」
そう横槍を入れて怪訝に眉を顰める幸村を「まあまあ」と宥めた信玄は、こちらに顔を向けてふいに尋ねてきた。
「俺もひとつ、ずれた論点で物を言わせてもらおう。
どうしてお前は、“あの子”を連れて帰ってきた?」
「勿論、人質としてだ」
「敵将の奥方様だ、そりゃそうだよな。
ならばどうして牢にも入れず城の中で住まわせている?」
「…逃亡の意思がないと判断した。それに見張りは常時つけている」
「お前にしては脇が甘いな。どうでもいい女は近寄らせないが“あの子”は別、という訳か」
───……こやつめ、何を詮索しようとしているのだ。
意味深に笑みを浮かべる表情が気に食わず、反論しようと口を開きかけた時。
障子の向こうから気配がして、俺と同時にその存在に気付いた信玄が戸を開いた。
「これはこれは、噂をすれば……」