第4章 雪上の氷壁 【上杉謙信】
足元に雪が薄っすらと積もる初冬の頃。
上杉軍は、とある国の城を今にも攻め落とそうとしていた。
戦いに敗れた雑兵があちこちに転がる惨状の地に、色違いの双眼を光らせた男が悠々と佇む。
「上杉謙信、覚悟ぉぉぉ!」
一矢報いようと物陰から襲いかかる複数の兵。
しかし、一人また一人と地べたに沈んでいく。
「───口程にもない。骨のある奴はおらんのか」
刀の刃に付着した鮮血を振るい落とし、不満げに呟く男───謙信は、静かな足取りで歩み始める。
すると、自軍の兵の声が高らかに上がった。
「来るぞ!隠し通路だ!」
城壁近くの一角にある、ただの地面に見せかけた隠し通路の扉がゆっくりと開き……
周辺にいる者達が固唾を飲む中。
タン、タン、と階段を登ってくる足音が近付いてきて。
死に損ないの残党だろうか、と。刀の柄を握り直した謙信は、扉の方へと歩を進める。
───が。
現れた姿を見た瞬間、自然と足が止まってしまった。
「……貴方も、私を殺すのね」
いくつもの泥にまみれた足跡と血が染みついた雪上に降り立ったひとりの女。
粉雪混じりの風に揺れる長い髪の合間から覗く、凍てつく瞳と視線がかち合い……
謙信は、握っていた刀をおもむろに下ろした。
喧騒や怒号が飛び交う凄惨な争いの地で、向かい合う二人は互いをまっすぐ捉えたまま。
まるで時が止まったかのように────。