第2章 天下人の女 〜高飛車姫〜 【織田信長】 《R18》
──それからは針がなかなか進まなくて、結局出来上がったお守りはたったのひとつだけだった。
験担ぎとして戦に同行するという舞にそれを託した私は三日後、来たる当日の朝。
城に残る家臣等と共に、戦場へ向かう織田軍一行を見送った。
出立する直前に「必ずや生きて帰ると約束しよう」と伝えに来た信長様の腕の中には一緒に騎乗している舞がいて、言葉もろくに返せなかった───
「──おや、茅乃姫。このようなところで何を?」
一行が出立して数刻ほど経った頃。
司令や戦況などの情報を共有したり対策を練る場として設けられた一室で作業をしていると、しばし席を外していた光秀様が戻ってきた。
「一応これに目を通しておこうと思ってね。雑に散らばっていたからまとめて整理してるとこよ」
戦略や部隊編成など細かく記載された何枚もの陣立書を手に取りながらそう答えると。
光秀様は流れるような足取りですっと私の傍らに立ち、書を眺めるふりをしてこちらの様子を覗き込んでいる。
「ここには城内に残る者達の動き方に関しても書かれてる。厳重な守りで固められている安土城が落とされる事はまずないと思うけれど、いざ混乱が生じた際に私も指示を出せるよう把握しておきたいの」
「なんとまあご立派な心意気よ。さすが奥方様となられる御方だ。菊江もさぞ感心するでしょう」
菊江──そう親しげに侍女の名を呼ぶ彼はにっこりと妖しく微笑む。
やはり二人が計画した縁談なのかしら。
「…お世辞は結構よ。それよりも戦況は?」
「織田軍の優勢だと聞いている。そもそも兵力の差があまりにも開いている故、圧倒的にこちら側が有利な状況だ。俺が参戦するまでもないくらいにな。だからこうして裏方に徹しているという訳だ」
なるほど、と納得すると同時に安堵感に包まれてホッとしていた……その矢先。
「光秀様!光秀様ーっ!」
けたたましい家臣の叫び声と足音が近づいてきて、激しく戸が開かれた。
「今しがた斥候より報せが届きました!
…御館様が…敵方に捕らえられたと…!」