第2章 天下人の女 〜高飛車姫〜 【織田信長】 《R18》
今もなお目玉をうるうるとさせて情に訴えかけてくる仔猫を見上げながら、
二股に分かれている幹の部分に足を掛け、枝から枝へと移って登り進む。
程なくして辿り着き手を伸ばせば、くすぐったい毛の感触がこちらへすがりついてきた。
どうやら怪我はしていないようで、一安心した後、いざ降りようとしたら……
「見よ。貴様よりも猿らしい猿が居るではないか」
──この声は。
そっと下を向くと、地上には秀吉様と恨めしいあの信長様がこちらを見上げていた。
「猿ですって!?この麗しき乙女に対して失礼よ貴方。何しに来たのよっ」
「なにやら騒がしいので様子を見に赴いたまでだ。
麗しき乙女は他所の庭で木登りするのが嗜みなのか?滑稽よのう」
「口の減らない御方ね!私は今忙しいの!どっかに行きなさいよ!」
褥で恥をかかされた一件から、もはやこの男に媚を売る必要はない。
皮肉を言われて腹が立った私は、怒り任せで矢継ぎ早に反論していたのだけれど。
「危ない!」という秀吉様の叫びと同時に自分の足が幹から滑る感覚があって、そのまま落下してしまい───
ああ、私、ここで終わるのね。
美人薄命って言うし……
いやでもまだ未練がたくさんあるのに、こんなところで死ぬのは嫌!
ぎゅっと目を瞑ってそんな事を巡らせていたのだが。
とても地面に叩きつけられたとは思えない柔らかな衝撃を感じた。
「………?」
体が宙に浮いている。
それになんだか温かい。
不思議なぬくもりに包まれながらおそるおそる瞼を開けると、赤みがかった瞳と視線がかち合った。
「猿も木から落ちる、とはまさにこの事か」
また皮肉を投げつけられたというのにすぐ言い返せなかったのは、信長様に受け止められたこの状況を理解するのに精一杯だったから。───