第4章 雪上の氷壁 【上杉謙信】
終始俯いたままの顔───
その頬に光るものが伝っていき、顎から雫がぽたりと落ちる。
「嘆くなと言われたばかりなのに…
ここを出て人生をやり直すと決めたのに…
どうしてでしょうね、涙が止まらないのは」
「茅乃…」
「貴方の気持ちに触れられずこのまま離れたら…きっと悔いが残ります」
こちらを見上げる濡れた瞳と向き合った俺は、溢れ出る涙を指で拭ってやりながら、抑えていた感情が強固な自制心の殻を突き抜けていくのを感じた。
悔いが残る…か。
まるで自身が図星を突かれたかのようだった。
後悔はやがて未練となり、いくら心の隅へ追いやろうと消える事なくいつまでも燻り続けるだろう。
「自由を求めていたお前の願いを叶えてやろうと己に誓った。その誓いを揺るがすような台詞を口にするつもりは無かった…なのに茅乃、お前という女はこうも俺の心を掻き乱す」
本当はこのまま引き止めてしまいたい。
ずっと傍らに置いて愛でていたい───
しかしそれは茅乃の願う自由な未来に足枷を付けるようなもの。
手放す覚悟は出来ている。
だから…
だから今夜だけは───……
「上杉さ…」
「下の名で、呼べ」
「…謙信…様…」
目の前にある細い両肩をそっと抱くと、茅乃は応えるかのように俺の背中に腕を回した。
言葉だけじゃ到底足りない。
互いに触れ合う事でこの想いを感じ取ってくれるなら。
想いの行き場を共有できるなら。
たとえ、一夜きりでも……
束の間の夢、儚い泡沫───
凍えてしまいそうな冬夜が更けゆくにつれ、
寄り添う二つの身体は次第に熱を帯びていった。