第4章 雪上の氷壁 【上杉謙信】
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─────夜が明けて目覚めると……
褥の中、隣には誰もいない空間ができていた。
ぬくもりの余韻が残る敷布に触れ、茅乃は既に旅立ったのだと悟る。
早々に起き上がり、慣れた手つきで着物に着替えて井戸へと向かう道中、通りすがら侍従に指示を出す。
「溜まっている書簡を寄越せ。後で確認する」
「もはやお務めに励まれるのですか?あと数日は安静にしていた方が…」
「病人まがいの生活は気が狂う。身体どころか脳まで鈍ってしまいそうだからな。
───では頼んだ」
今日からまた始まるいつもの日常───
やるべき事は山ほどあって、ひとつひとつを消化しつつ明日へと繋げていく。
進むべき道の途中で立ち止まりはしない。
時折、振り返る事はあったとしても。
目が冴えるような水の冷たさを感じながら井戸端で顔を洗い、足元にやってきた梅達を撫でてやり…
その後自室に戻った俺は、分机に向かって書簡に目を通していた。
時が刻まれていく、その最中───
つい数刻前まで聞こえていたあの繊細な声音が耳に届く。
「おはようございます」
書簡から視線を外すと、そこにはもうここにはいないはずの女の姿があった。
「朝早くからお仕事ですか。無理をしてはいけませんよ?」
さも何事も無かったかの如くそう首を傾げた茅乃は、静かな足取りで部屋へと入り、抱えていた膳をこちらに運んできた。
膳の上に乗っている小鍋には雑炊が拵えてあり、温かな湯気を放っている。