第4章 雪上の氷壁 【上杉謙信】
そう───
茅乃がこの春日山城で過ごすのは今日を以て最後となる。
独り身の女が着の身着のまま見知らぬ土地で暮らすのは容易ではない。その為まずはしばらく衣食住に困らないよう住処と資金を与え、雪深くなる前に転居できる備えを根回ししておいた。
茅乃が以前申し出ていた、恩返しとして奉公するという旨はあえて断った。
晴れてしがらみから解放されたのだ、いつまでもここに縛り付けておく訳にはいかない。
「命を助けて頂いただけでなく多大なる支援…本当にありがとうございます。感謝してもしきれません。………
……。
…あの…最後にひとつ、お伺いしたいのですが…」
「何だ」
「どうして私にここまでしてくれるのですか?」
「…」
「初めてこの城に来た時から疑問でした。どうしてだろう、って…
貴方の気持ちが聞きたいのです」
「…それは…」
自分も疑問に思っていた、霧深い奥に潜む感情。
身を挺して茅乃を救いに飛び込んだあの時、ぼやけていたそれがはっきりと心の中に見えたのは確かだ。
だが……
打ち明ける気は無かった。
「…聞かぬ方がお前の為だ。
新たな人生を歩み出そうとしている今、知る必要はない」
「………。
そう…ですか。そうかもしれません。けど…」
徐々に視線を下げていった茅乃は。
俺の腕に包帯を巻き終えたところで言葉を詰まらせ、俯いたまま。