第4章 雪上の氷壁 【上杉謙信】
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まず無事では済まないだろうと思った。
一瞬、“死”が頭をよぎったが、魂は身体から離れる事なくこの世に留まったらしい。
どのくらいの間、意識が落ちていたのか…
暗闇から醒めるとこちらを覗き込む茅乃の顔が見えて、目からは涙が零れ落ちていた。
どうやら茅乃は無傷で助かったようだ。
如何にして死を免れたのか聞けば、駆けつけた佐助先導のもと配置されていた忍びの者達が仕掛け網を張り、我々の身体を受け止めたのだという。
その甲斐あってか五体満足のまま命を取りとめ、かすり傷程度の怪我で済んだ。
奴に窮地を救われたのは何度目だろうか。
どうやらよっぽど俺に死なれたくないらしい。
念の為養生するようにと言われ、数日間大人しく過ごしていたが、さすがに辟易としていた頃。
薬箱を持った茅乃が部屋に訪れた。
「今日のお加減はいかがでしょうか」
「問題無い。むしろ力があり余っているくらいだ」
「それなら良かったです。…では腕をこちらへ」
差し出した俺の腕を手で支えながら袖を捲っていき、露わになった包帯を解いていく。
あれからというもの、毎日こうして傷の手当てと包帯の交換をしてくれているのだ。
「少し染みますよ」
膏薬を塗りながら、じっと傷口を眺め…
「少しずつ良くなってきてますね」
「この程度の裂傷は慣れたものだ、じきに治る」
「だといいのですが…
…ごめんなさい。これも全て、私のせいです」
塗布した後、膏薬容器の蓋をぐっと閉めた茅乃は、俯き加減でそう言った。