第4章 雪上の氷壁 【上杉謙信】
“ここは俺達にお任せ下さい。謙信様は茅乃さんを────”
言いかけていた佐助の言葉を最後まで待たず、戦いの場を後にしてからまもなく二人を見つけた。
標的である“奴”がまたもや雲隠れしてしまう前に接触できたのは好都合だが、それよりもなによりも…
今、俺の心に渦巻いているのは怒りだ。
体内の血が熱く沸騰するような、突き上げる怒り─────
「はぁ…はぁ…
ちっ…!邪魔しおって…」
「邪魔者はお前だろう」
一歩、また一歩と距離を詰める。
「その傷ではもう利き手は使えんぞ。ましてや孤立無援の中、逃げようもない」
「くっ…」
傷の痛みに耐えよろめきながら後退りしていくも、その先は崖さながらの急な斜面になっていて、奴は行き場を失った。
春日山城の周辺は整備されているとはいえ複雑な自然の地形を成しているため勾配が激しいのだ。
万事休すといったところだが、往生際の悪いそいつは利き手と反対側の腕で未だ茅乃を捕らえたまま。
己の身を守ろうと肉の盾として利用する魂胆か。
命根性の卑しさ、屑に等しい所業に反吐が出そうになる。
「付け焼き刃の愚策が通用すると思うか?盾を作ろうが壁を作ろうがこの俺からは逃れられん。
その汚い手を茅乃から離せ。
離さねば…次は首を飛ばす」
「…っ、
…くそっ…もはやここまで…か…。
上杉謙信…地獄から呪うてやる」
「言い遺す事はそれだけか」
傷口からの多量の出血により意識朦朧としている様子は虫の息同然。放っておいてもいずれ死ぬだろう。
しかしとどめは必ずこの手で…そう決めていた。
一足飛びで間合いに入り、抜刀した刹那───
「畜生!こうなったらてめぇも道連れだ!!」
そう叫んだ彼奴の腕から力任せに投げ出された茅乃の身体は、足場が途切れた急勾配の下へと消えていく。