第4章 雪上の氷壁 【上杉謙信】
「……。
…知っていましたか。
ならばもう隠さずとも良いでございますね」
自責の念に駆られてはならないと、あれから言及を避けてきた事柄をつい口に出してしまった。
すると器を持つ手を膝元に下ろした茅乃は、すっと真正面を見据えた。
「訃報が届いた瞬間、正直ほっとしたんです。
ああ、やっと悪夢から覚めたんだ…って。やっと終わったんだ、って…」
「そう感じるのは当然だ。忌々しい過去と決別できるのだから」
「そう…もはや過去ですが…ご存知の通り、私が嫁いだ先はまさに牢獄そのものでした。
穀潰しと罵られ僅かな食事しか用意されず、あの御方の指示が無ければ勝手に動く事も許されなかった。少しでも抵抗すれば殴られ蹴られ…時には火箸を背中に押し付けられた事もありました」
火箸…そうか、あの背中に残る不自然な火傷の痕はそれが原因か。
なんたる凶行。まったくもって理解し難い。
「…解せぬ。奴は何故そこまでお前を虐げる?」
「あの御方には元々想いを寄せていた女性が居たらしいのですが、身分違いで結ばれず…そこへ好いてもいない女が輿入れしてきた。…なので私の存在はさぞかし疎ましかったのでしょう」
「ただの八つ当たりではないか。器の小さき男よ」
「…哀れな方なのです。哀れと思って耐え続けました…でも…限界はとうに越えていた…」
器に添えた指にぎゅっと力を込め、まっすぐだった視線を下降させていく。
「心は死んだも同然…そしてあの雪の日、上杉様と相対した時…次はこの身体をも殺されるのだ、と覚悟したのです」
“…貴方も私を殺すのね”
確かにそう言っていた茅乃の言葉と表情が脳裏に浮かぶ。
心を失った、無機質で凍てついたあの瞳。
しかし今は────