第4章 雪上の氷壁 【上杉謙信】
それから我々のみならず家臣達ひとりひとりに労りの言葉をかけながら席から席へと移動して酌をして回る茅乃の姿に感心したのか、皆快く迎え入れていて。
人質だった事など忘れてしまいそうになるほど、自然と場に溶け込んでいた。
そして一通り回り終えるとこちらに戻って来た途端、また俺の器に酌をしようとするので、やんわりと徳利を奪い返す。
「いい加減に座って落ち着くがいい。お前の猪口を寄越せ、注いでやろう」
「私は手酌でも……あっ」
膳から猪口を掠め取り、並々に注いで渡すと茅乃は遠慮がちに一口飲んだ。
「わ…美味しい」
「だろう。俺は酒選びに妥協はせんからな」
意外や意外、どうやらこやつもいける口らしい。
大層気に入ったようで、あっという間に空になった器に再び注いでやった。
すると…
「…なんかこうして並んでるところを見るとまるで夫婦みたいですね」
「うむ、まさにお似合いの二人だ」
わざと聞こえるように冷やかしめいた会話を交わす佐助と信玄の方を睨みつけてやると、二人共素知らぬ顔でとぼけている。
そればかりか他の者達までつられて我々を祭り上げようと囃し立てる始末。
…ちっ、奴らめ完全に愉しんでいるな…悪趣味甚だしい。こうなったら後日、全員力尽きるまで鍛錬に付き合わせてやろう。
茅乃はというと気恥ずかしそうに下を向いてしまっていたが、この何とも言い難い空気を打破するべく違う話題を切り出し始めた。