第4章 雪上の氷壁 【上杉謙信】
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夕刻、春日山城大広間にて。
きらびやかな設えが施され、潤沢な酒、豪勢な料理が並ぶ。
ついに敵将の首を手中に収めた祝いにと開いた大々的な宴に、多くの者達が沸き立っていた。
「あの…私がいては場違いなのでは…」
「そんな事はない。なぁ謙信」
「ああ」
信玄の肩越しにちらりと俺の様子を窺った茅乃は、ぎこちない動作でようやく席に着く。ぎこちない…けれど表情は晴れやかだ。
伴侶の最期を伝えた際、諸悪の根源とはいえ少なからずとも落ち込むのではないかと懸念したが、むしろ憑き物が落ちたかのように胸を撫でおろしていた。
「武田様、お酌致します」
「悪いね。お、その着物よく似合ってるよ」
「以前武田様より与えて頂いたものです。このような素敵なお召し物に袖を通せるなんて…私には勿体ないくらい。ありがとうございます」
「君が着る事によってその着物の価値も上がるというものさ。最近綺麗になったしね、茅乃は」
「いえ、そんな…」
「もともと美人たる要素は垣間見えていたがこれ程とは…空から舞い降りた天女のようだ。ああ、このままでは君の虜になってしまいそうだよ。今夜は俺と…──おっと」
刀の柄を握り牽制する構えをとると、こちらの様子に気が付いた信玄はにやりと笑みを浮かべ、おどけたように肩をすくませた。
奴め、性懲りもなくところ構わず女を口説きおって。油断も隙もない。
「上杉様もどうぞ」
すっと俺の傍らに来た茅乃は、空になった盃へ静かに徳利を傾ける。教養を嗜んだ娘ならではの気品ある所作だ。
───あれから茅乃は随分と変わった。
こけていた頬はふっくらとして張りのある健康的な肌、ぱさついていた髪は潤いを含んで艷やかに。化粧は控えめだがそれがかえって顔立ちの良さを引き立たせている。
信玄のように歯の浮く台詞を言うつもりはない。
けれど。
美しい───そう思った。