第4章 雪上の氷壁 【上杉謙信】
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そして日々が過ぎていき、茅乃に少しずつ改善の兆しが見えてきた。
俺のみならず他の連中が滾々と諭した成果か、出された食事はきちんと摂るようになり、自ら気に入った着物を選んで身につけるようになった。
ややおぼついてはいるが、人間らしい日常生活を送れている。
───そんな頃。
敗走していた敵方の亡骸が発見されたという報せが入り、即座に寺院へ赴いた。
寺院では、首実検──いわゆる標的本人かどうかを確認する為の作業が行われており、同行した信玄と共にじっと台座に置かれた首を凝視する。
「どうやら武者狩りに遭ったようだが…何者の仕業か分かっていないと?」
「ああ。そこらの村人か浪人だろうがな」
家臣らしき者達の遺体と共に山林にて放置されていたらしいが、戦の後敗走兵が周辺の農民等によって身ぐるみを剥がされた挙げ句殺されるという所業は当たり前のように行われていて、何ら不思議な話でもない。
「問題はこいつが本人かどうか、か…」
自ら討ち取ったのならともかく、どこの誰かも分からない者が始末した首の正体が紛れもなく本物だという確たる決め手はこの男と近しい人物の証言しかない。
本来ならば正室である茅乃に確認させるのが最適である。しかし心身共にようやく安定してきた今、負担をかけるのは避けたかった。
そこで牢で捕縛していた者に目視させた結果、顔の特徴が本人と一致しているとの事だったが……
「どれだけ包囲網を張り巡らせても見つからなかった奴がこうも呆気ない終わり方をするか?…臭うな」
「お前もそう思うか、信玄」
「んー…」
信玄は顎を擦りつつなにやら考え事に耽った後。
他の者に聞かれぬよう、そっと俺に耳打ちした。
「…なるほど。
───では、今宵は宴だ」