第4章 雪上の氷壁 【上杉謙信】
「ご配慮頂きありがとうございます。私…男性に触れられるのが苦手で…」
「別に礼など要らん。男に苦手意識を持つというのはよくある話だ」
報告書で知った事柄については口に出さず、わざと知らないふりをした。
昨夜、背を向けて頑なに傷痕の理由を語らなかったあの態度からして、事実を知られたとてあれこれ言及されたくないはずだと思ったからだ。
よほど気に入ったのか兎を愛しげに撫で倒している茅乃の様子を見て、「抱いてみるか」と聞くと嬉しそうに頷いた。
梅を渡した後、茅乃の片手を塞いでいた風呂敷を持ってやろうと手を差し出すと、今度は怯えずに応じてくれた。
「わぁ…ふわふわで温かい。この子達は上杉様が飼っているのですか?」
「いや、気付いたら勝手に城の周りに棲みついていた。こやつら以外にも多くの個体がそこかしこでうろついてる」
「きっとここの居心地が良い証拠ですよ」
しばらくそうして兎達を愛でていた茅乃だが、ふと静かになり……
「…この子達は幸せですね。自分の居場所を見つけ、何にも囚われずのびのびと暮らしてる。…羨ましいわ」
「──それが自由だ」
「自由……」
「お前は心の底でそれを望んでいるのではないのか」
目を見開き、こちらを見つめ……
何かを言おうと口を開きかけたもののきゅっと唇を噛み締めて再び手元に視線を落とす。
問いに対しての返事は無かった。
この女は敵方の奥であり、ただの人質だ。
助けてやる義理はない。
野垂れ死んだとて構うものか。
そもそも女など関わりたくもない、近寄らせたくもなかった。
───なのに。
兎をあやして微笑んでいる姿を眺めながら、こう思ってしまった。
茅乃が自由を願うなら、叶えてやりたい、と───。