第4章 雪上の氷壁 【上杉謙信】
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そして翌日。
政務も一段落し、早々に城内の鍛錬場で汗を流す。
未だ心はざわついたままで、無性に刀を振るいたくて仕方がなかったからだ。
普段なら佐助を餌食にして手合わせに付き合わせるところだが、今日は独りでこの淀んだ憤りを発散したい──そんな気分だった。
休憩を入れようと渡り廊下を歩き進む道中、なにやら揉めているような会話が通路まで漏れ聞こえていた。
「──強情な女だな、いいっつってんだろ。じゃーな。
……っと」
捨て台詞を吐いて足早に向かってきた人物と鉢合わせになる。
揉め事を起こしている片割れは幸村だった。
そしてその後を追うように茅乃が駆け寄って来る。
「お待ち下さい真田様!このような施し、私には勿体ないです」
「だから気にしなくていいって言ってんだろうが」
「ですが貴方の身銭を切ってまでこんな…」
「ったく、分かんねぇ奴だなー。いーから食えっつってんだよ」
茅乃の両手には風呂敷に乗せられた菓子が山盛りになっていて、今にもこぼれ落ちそうだ。
状況を察した俺は、なおも押し問答を繰り広げる二人の間に入り、両者引き下がるよう促す。
「じゃあ俺はこれで」と素っ気なく言い残し去っていく姿を見つめながら、茅乃は戸惑った面持ちで立ちすくんでいた。
「私…真田様を怒らせてしまったようですね。いつもこうして差し入れて下さるのですが…なんだか申し訳なくて…」
「あやつは少々荒っぽい物言いをするだけで腹を立てている訳ではない。貰えるものは貰っておけ」
茅乃の痩せ細った身体を案じて寄越したのだろう。言葉で説くよりもまずはとりあえず食い物を買い与えるという安易な発想は奴らしいな、と思いつつも自分もそう違わない行為をしている事に苦笑する。