第1章 はじまり
『あ、』
「え、何」
そこまで大きくもない手提げの中から先生に貰った教科書を出す。
先生が私用に丁寧に書いてくれた妖怪事典のようなものだ。
『("九尾"...きゅう、び...)』
「あれ?ちょっと、おい、え、無視?」
【九尾-きゅうび-】
中国神話の生物。
日本では玉藻前の伝説が有名である。
稲荷神との習合がある。
その名の通り九つの尻尾を持つ。
『へぇ...』
「言っとくけど、九尾は上級妖怪だかんね?」
『うわっ...』
いつの間に木から降りてきたのか、私の背後近くから顔を出されて驚く。
どうやら厄介なものに絡まれたみたいで無視を決め込む決意をした。
『...』
「おーい?」
『私は何も見てない』
「いや、視えてんじゃん」
教科書を仕舞って山菜が採れる場所へ向かう、が何を思ったのか九尾の妖は私の後ろを付いて来る。
「なぁー」
『...』
「なぁ、って」
『......』
「もしもーし」
『あぁっ、もう、しつこいです!!』
「やっぱ聞こえてんじゃん」
振り返ればニヒヒと悪戯に笑う顔が在った。
それに少しムカつく気もするし、ちょっと可愛いとも思える気がした。
「...その目、やっぱり」
『ッ...!』
ぼーっと、柄にもなくそんな事を思考えていたが投げ掛けられる台詞に目を逸らした。
目を見られるのは嫌いだ。
私の朱色の目はどれだけの人間に気味悪がられたことか。
「綺麗な目してんな、お前」
「別に嫌がる事じゃねぇだろ」
「此処等で朱色の目は希少なんだぜ?」
『私はそんなのどうでも良いです』
『普通の目が良かった...』
『希少とか、そんなの、知らない』
九尾は驚いたように目を丸くしたが、「ふはっ」と一つ笑った後、私の両頬を掴んで前を向かせた。
お陰で目と目が合ってしまう。
「綺麗な目なんだから大切にしろよ」
ぶわぁっ、
正面から私の知らない風が吹いた。
「俺は"銀時"だ、お前は?」
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