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innocence

第1章 ガラスの箱庭


ただ、鏡・拝嶋両家間では体裁上恋人同士ということになっているので、形だけのデートも何回かした。と言っても、馴染みの居酒屋で私が飛彩さんの愚痴をひたすら聞くだけなのだが。

ちなみに、そこで飛彩さんに元カノがいたことも知った。小姫さんというその女性は、少し前まで猛威を奮っていたバグスターウイルスに感染し、末期症状にまで達して飛彩さんの目の前で消えてしまったのだという。
現在の飛彩さんは小姫さんが作り上げてくれたものだから、そのことはとても感謝している。
所詮私など偽装彼女に過ぎない、無力な学生だ。亡くなった元恋人の記憶に縛られる飛彩さんに対して、偉そうな口を叩けるほど面の皮は厚くなく、また、今以上の関係を望むこともおこがましくてできなかった。

そんな足踏み状態が数ヶ月続き、ある日私は毎週水曜の全休を利用して、聖都大学附属病院に訪れた。
持病の定期検診のためだ。
最近病院の通り道にはクリームパン専門店ができたらしく、私も便乗してプレーン・抹茶・ブルーベリー・レモン・チョコ味の5点セットを買ってきた。飛彩さんが甘いもの好きだと聞き、彼がしきりに話していた同僚の方々にも食べてもらおうと、手土産にしたわけだ。勿論、媚びの意図は決してない。

正面玄関から入ると、待合室のあるスペースに目を奪われた。

そこには奇特な女性が座っていた。レース調の鍔広帽子を目深に被り、その下には波打つ濡羽色の髪を流している。全体的に華奢で、帽子とマントに着られているようだ。
堂々と椅子に座る姿は等身大のフランス人形のようでも、玉座に腰かける女王のようでもあった。いずれにしても、その現実味のない姿は、病院内でもかなり浮いている。
しかし、行き交う人々は、彼女に対してことごとく反応を示さない。
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