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innocence

第5章 蒼の目覚め


足音が近づく。
「やっぱり来たか……。遅いよ、ひーくん」
涙を拭わないまま振り返る。飛彩さんも泣いていた。
正義の味方なんて私に言わせれば、全てが終わった後にノコノコやってくる役立たずだ。
「……本当にすまなかった。約束を反故にしたのは俺の不徳の致すところだ。だが、こうしてお前に近づくのは罪滅ぼしのためじゃない。俺はお前のことが……」
「もうやだぁあっ!!」
空にこだました甲高い叫びに驚いたのか、カラスの大群が一斉に木々から飛び立った。

制服のブラウスを捲り上げると、腕に巻かれた真っ白い包帯が露わになる。
乱れた髪を整えると、目元と頬に貼られたガーゼが顔を出した。
「……昨日、帰りが遅いってお母さんに叩かれてね。でも全然平気だよ。だってこんな傷……」
包帯を力任せに解く。青紫色の痣が刻まれている筈の肌は、つるりとした白さを保っている。
顔のガーゼを剥がすと、赤黒い血は付いていたが、傷口はすっかり塞がっていた。
「こんな傷っ……すぐ、治るんだから……!」
爪の痕程度でもいい。少しでも傷が残っていれば、私は人間でいられたのだろうか。
目元が熱くなり、疼きが強くなってくる。
今朝鏡を見ると、目尻に血管が浮き出たような変な模様が現れていた。それで、慌ててガーゼで隠したのだ。

……飛彩さんはこれを見てどう思うんだろう。

「……っごほっ、うっ……おえっ……!」
彼に遠ざけられないかと恐れるあまり、胃液がこみ上げてきた。
喉の奥が苦しくて、焼けそうに熱い。
「さ、郷未……?」
私を心配して覗き込んでくる飛彩さんの顔には、疑念と恐怖が正直に書かれていた。
声が出ない。喉がカラカラに渇いて呼吸すらままならない。
「っはあ……はあ……!」
あまりの苦しさに、目玉が飛び出しそうになる。
……ふと視線を落とすと、地面にうっすら私と飛彩さんの影が浮かび上がっていた。
______私の影は、頭部に2対の大顎を生やしている。
そうだ、そうだよ。やっぱり私こそが……怪物だったんだ。あの日の蟲と、何が違うっていうの!?

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