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innocence

第1章 ガラスの箱庭


着いたのは、父が会食でよく利用している神田の老舗料亭。
定刻の10分前に小部屋の襖を開けると、既に相手側が席についていた。
「おお、いらっしゃってましたか。どうもお初にお目にかかります、拝嶋倫和と申します。こちらにおります郷未の父です」
「これはこれは……遠いところからありがとうございます!私、
鏡飛彩の父・灰馬と申します。お会いできて光栄です!」
そして恒例の名刺交換合戦が始まる。これでは父と灰馬さんのお見合いになってしまう。
「いや〜、息子もいい年になってきましたから、縁談の一つでもと思っていたのですが、まさかこれほどお若くて綺麗なお嬢様に会わせていただけるとは!」
「勿体なきお言葉です。ほら、お前も何か話さないか。飛彩君をあまり困らせるんじゃない」
私は気の利いた言葉など出てこず、料理も喉を通らずじまいで、黙ってお冷ばかり飲んでいた。
その飛彩さんを困らせているのは、あなた達親のお節介なのだが。

すると、私と同じく黙りこくっていた飛彩さんがおもむろに座り直し、こう問うてきた。
「……失礼ですが、以前お会いしましたか?」
「えっ」
思わず凝視した飛彩さんは、はっきりとした目鼻立ちをしており、鉄仮面のような無表情の奥には、底知れぬ熱さが感じられた。
「……5年ほど前でしたら、お会いしたというより、助けていただいたの方が正しいでしょうね」
私の返答に、飛彩さんは合点がいったようだ。
あの時私は急な発作で、駅で泡を吹いて倒れてしまったのだった。しかも心室細動を起こしてかなり危険な状態であり、通行人も下手に手出しができずにいた。
そこへ当時医学生だった飛彩さんが駆けつけ、構内のAEDを使って心肺蘇生をはかった後、心臓マッサージと人工呼吸を施してくれたのだ。
でも5年も前の話だし、あれから飛彩さんは外科医として多くの患者の命を救ってきた。偶然遭遇しただけの私など、覚えられていないものとばかり思っていた。
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