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innocence

第5章 蒼の目覚め


「……ん」
「気が付いたか」
倒れた時に頭を打っていなかったのが不幸中の幸いだった。
現在は、店員の厚意で従業員用の休憩室を借りている。
枕などあるはずもなく、ソファーに置いてあったクッションで代用した。
「疲労による失神だな。大分回復したようだが……立てるか?」
手を差し出すと、郷未はおずおずと握ってきた。
……体温は変わらず死人のように低い。
倒れた以上、目を離すわけにもいかず、このまま家まで送ることにした。

救護してくれた店員に礼を言い、会計を済ませて外へ出る。
その時にはもう、藍色の絵の具を水に溶かしたような闇が空を覆い尽くしかけていた。
遥か彼方で夕焼けが最後の輝きを見せている。街灯と家々の明かりがぼんやりと道を照らし出していた。
小姫の時の教訓を胸に、俺は郷未の語るすべてのことに耳を傾けた。
その内真剣に聞いていると伝わったのか、郷未も少しずつ警戒を解いてきて、家庭の話をし始めた。

________だが、保たれていた均衡が崩れるのは、いつだって突然だ。

「……!」
唐突に郷未が足を止めた。まん丸な双眸はより大きく見開かれ、街灯のほのかな光が届かない闇を見つめている。
また、冷や汗をかき、耳をそばだて、聞こえる限りの音一つ一つに注意を払っているようだった。
……暗闇でうごめくモノの形はだんだんと明快になってゆく。
「________危ないっ!」
体が勝手に動いた。
立ちすくんでいた郷未に覆い被さり、姿勢を低くする。
すると、今の今まで郷未の顔があった位置に、豪速球で工事現場の看板が飛んできた。

ようやく姿を現した「ヤツ」は、蚕の蛹(さなぎ)に似た、重量感のある姿をしていた。
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