• テキストサイズ

innocence

第4章 雛月郷未


大学を出て本屋を左手に曲がり、雑貨屋や地方銀行を通り過ぎ、
緩やかな坂道を登る。
優雅な住宅街の中で存在感を放っているのが、目的地のカフェだ。日が傾きかけているので客は少し多かったが、それでも店内は落ち着いている。

俺達は窓際の席に案内された。全面ガラス張りで、テラス席と花木を臨め、非常に景観がいい。
メニューを選んでいると、また周囲の女達からの熱い視線が突き刺さってくる。
一方で、郷未はメニューそっちのけで窓の外の景色ばかり見ている。未来の彼女がそうだったように、緊張しているのかお冷の減りが早い。
その様子からして、体調のことを除いても、郷未は進んで甘いものを食べる方ではない気がした。
そこで、通りがかった店員に声をかける。

「すみません。この中で甘さ控え目で柔らかいものはありますか?」

喫茶なのだから軽食もあるのだが、健診で言われていたように、治療していない状態できちんとした食事を与えると、胃に負担をかけてしまう。
そこで、まずは柔らかいものから与えて様子を見ることにした。
早い話が介護食だ。
「は、はい!甘さ控え目ですね。でしたらこちらのキッシュはいかがでしょう?生地は一部パンケーキと同じものですので柔らかいですし、味付けは主にチーズとほうれん草ですから、甘いものが苦手な方でも召し上がれますよ」
「なるほど。ではそれを一つ。アイスコーヒーと蜂蜜レモンパンケーキも追加で」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

店員がテーブルを離れると、郷未は何とも言えない顔でこちらを見ていた。
「鏡さんが敬語使ってると違和感すごいね」
「お前が見たことないだけだ。俺だって使うときは使う。……それから、鏡さんはやめろ。堅苦しい」
「えー!?じゃあなんて呼べばいいわけ?」
「そこは自分で考えろ」
あえて突き放すと、郷未は不満気に頬を膨らませた。こういう状態をよくフグに例えるが、こいつの場合ハムスターにしか見えない。
/ 34ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp