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innocence

第4章 雛月郷未


「俺はお前の言う『ひーくん』が誰なのか思い出せない。だが、お前と会うのは今日が初めてではないんだ」
「え……」
薄い背中をさすると、郷未は振り上げていた腕を下ろした。
「たとえ記憶が戻らなくても想い出はまた作れる。だから……
『もう一度』名前を教えてくれないか」
それから、郷未の体をゆっくりと離した。
「……郷未。雛月郷未」
ぽつりと照れの混じった一言。
「郷未か。よろしく頼む」
抱きしめた後によろしくというのも変な話だ。下心だって全くないと言えば嘘になる。

話が小康状態に入ったのを確認すると、様子をうかがっていた聴衆も、それぞれの話題に戻っていった。
郷未の粗食を没収してから、代わりにと言わんばかりに、小鉢により分けたシチューを差し出す。
「これだけでもいいから食え」
郷未は心底珍しそうにシチューを見ている。毒が入っているとでも思っているのかもしれない。
恐る恐る一口分だけ食べると、郷未はいきなりハラハラと大粒の涙を零した。
「……どうした、口に合わなかったか?」
「ち、違う……あったかいから、嬉しくなったの。知らなかった、ご飯ってこんなに美味しかったんだ」
しゃくり上げている郷未の頭をそっと撫でる。
こいつの反応から察するに、ろくに食事を与えられてこなかったのだろう。
だが、こいつの抱える闇はこんなものではないと、後の俺は身をもって知ることになる……。
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