第5章 大きな手
テーブルクロスの上の落ち着いた雰囲気のティーカップに紅茶が注がれた。少し可愛らしいジャムやクリームと並んだ香ばしい匂いを漂わせるスコーンに手を伸ばしたいが、今この空気ではとても出来そうにない。――何故なら?
何故なら、目の前でオールバックの彼がドイツ語の本を威圧感を発しながら恐ろしい形相でもんもんと見ていたからだ。
『わたし、の……なま、え……は……ハーマン・グリーンヒル、……です。これから、も、どうぞ……よ……よ、ろしく……おねが……いします』
途切れ途切れに彼、ハーマン・グリーンヒルは名前を名乗った。もちろん、本に書いてあった見本に自分の名前を当てはめただけだろう。それでも久々のドイツ語が、俺は十分嬉しかった。
俺も英語の書いてある薄目の本を手にとって、暫く黙り込んだ。そして――
「わたし、の、名前は……グリューネ・レーベ、です、こちらこそ、よろしく、おねがいします」
顔を上げると彼と目があった。意志の強そうな翡翠の瞳が少しだけ微笑んだ。
「……グリューネ・レーベか……」
『ハーマン・グリーンヒルか……』
同時にお互いの名前を呟いた事に少し驚き、そして二人同時に小さく吹き出した。彼が右手を差し出し、握手を促した。俺はそれに応え、彼の手を握った。
やっぱりあったかい。あったかくて、大きい。
「明日から、よろしくな」
不思議と彼の言葉が分かった。明日からよろしく、とちゃんと分かった。
『Ja!(はいっ!)』
にへっと笑みを零し、お互いが手を離すと彼はドイツ語の本を置き、ティーカップに手を伸ばした。