第31章 身は限りあり、恋は尽きせず
「おい、動くなって言っただろ!」
駆けてきたマヤをリヴァイは叱る。
「あの子は怪我をしている。人類最強の兵長が相手をするのは、フェアじゃないわ」
「……は?」
「きっと怪我をして、この泉に水を飲みに来ただけだと思うんです。だから水を飲ませます」
「おい、何を言ってる…。ふざけてんのか」
「いいえ、大まじめです! 兵長はオリオンとアルテミスと一緒に下がっていてください」
「………」
怪訝な顔で立っているだけのリヴァイに、マヤはめずらしく大きな声を出した。
「早く!」
マヤのすごい剣幕に押されて、リヴァイは馬たちを連れて泉から離れた。
それを確認して、マヤはにっこりと狼に語りかけた。
「ごめんね、狼さん。この泉の水を飲みにきたんでしょう? 私たちはどくから、どうぞ?」
そう言ってマヤも下がるが、狼は身動きしない。
ただし先ほどよりは少しだけ、うなり声が落ち着いている。
その代わりに非常に疑い深い色が、黄金色の瞳に浮かんでいた。
「ねぇ大丈夫よ? もうあの人はあなたを蹴ったりしないわ」
根気よく説得するマヤ。狼はマヤの優しい声を聞いてもううなってはいなかったが、決して動こうとはしない。
「足が痛くて動けないの? じゃあ待ってて、持っていってあげる」
そう言うやいなや、マヤはリヴァイが反対する間もなく素早く泉の水を両手で汲むと、狼に近づいていく。
「おい馬鹿、やめろ!」
リヴァイが来そうになると、ぴしゃっと制した。
「兵長は来ないでください!」
マヤが近づくと、狼は再びうなり始めた。
「ねぇ怖がらないで。ほら、お水よ?」
狼の前でしゃがんで、両手に汲んだ泉の水を差し出す。
もちろん狼は飲まない。いつでも飛びかかれるよう緊張しているのが見て取れた。
だが辛抱強く無防備な体勢で水を差し出してくれているマヤの姿に、狼も心を許す気になったのだろうか。
おずおずと水を飲み始めた。
最初は警戒しながらほんのひとくちだった狼も、マヤが本当に親切心で水を飲ませてくれていると理解したのか、はたまた心底泉の水を欲していたからなのか。ぴちゃぴちゃとすごい勢いで飲んで、あっという間に手のひらの中の水はなくなってしまった。