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星条旗のショアライン

第23章 カート・ヴォーン(CABIN/R15)



「散歩でもしてきなよ」
だとしても、それに対して反射的に頷き、未だ酩酊しているカートを連れて素直に小屋の外へ出てしまったのは人生最大の失態だった。

(3)

手元に明かりがないのに鬱蒼と茂った森に入るべきではなかった。見渡せど暗闇が広がる。少しでも気を抜いたら方向感覚が狂ってしまいそうだ。光芒より弱々しい煙のような月明かりだけを頼りに歩いても目印になりそうなものはない。だから目立った大木の苔を十字に削りながら少しずつ森の奥へと進んでいく。
「グレーテルみたいだな」
「……僕が?」
「道に迷わないようにパンをちぎって道に落とす」
「……そうだね、こんなところで遭難は嫌だし」
「でもそれを……鳥が啄んで食べちまう。だろ」
「え……」
僕の後を黙って着いてきていたカートは、おもむろに大木の目印を目の前で消し始めた。爪を立てて激しく皮目を削り取ったり、羽織っていたブルゾンコートの袖を引き下ろして手首で一気にこそげ落としたり方法は色々だけど、している事はとんでもない悪行だ。洒落にならない。全身が冷えてゾッとした。
「やめろ! 帰れなくなるだろ!」
慌てて肩を引くとカートは意外にもあっさりと此方を振り向いたが、感情の読めない下卑た笑みを整った顔に貼り付けながら覆い被さって来て、逆に僕の腕を簡単に捻り上げた。痛みに呻く暇さえなく、近場の洞へと押し倒される。頭を打ったけれどそんなことはどうだって良かった。カートが腰を跨いできたからだ。
「なっ……」
「でもその鳥がわるーい鳥で、グレーテルが落としたパンだけじゃ腹一杯にならないなーって考えている時に、目の前にそれはそれは旨そうな人間がいたら……鳥はどうすればいい?」
「カート……ッ」
「そうか、答えは『カート』か。んー、惜しいな」
酔って俺をからかっているだけだと思いたかった。でも腹に当たる確かな兆しは彼がどんな状態なのかを如実に伝えてくる。信じられない、彼はこういう状況を望んで学校で僕に声をかけたのだろうか。彼には恋人もいるというのに。

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