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星条旗のショアライン

第16章 【長編】2019年 Xmas企画③(MCU/蛛and医)



「ドクター……」
「おい」
開胸された部分を無意識的に服の上からさすって息を詰めていたらしい。彼は眦を細めて俺の肘を掴み直したかと思えば咎めるように二度ほど強く前後へ揺らして手慰みを制止してきた。俺が上の空なばかりに胸をさすっていたとでも勘違いしたのだろう。言葉尻を引き継いで「僕がストレンジ。ドクターストレンジだ」と、名前を復唱する事が更なる追い打ちをかけているとも知らないでいた。
二歳児の三語文のようでありながら傲慢極まりない台詞を打ち掛けてきた直後でなければもう少し俺にも余裕があって、とうに塞がった胸元が疼く事の弁解のひとつくらいは出来たかもしれないが、何せ彼の肩書きと俺の過去の相性が悪かった。
「あ……っ」
「……」
案の定、意図しないタイミングで肩が強張った拍子にウインドスクリーンの割れる音が掌中から響いた。まるで琥珀糖が砕けたような軽快な音だ。せっかく俺達から少しずつ興味を失い始めていた客も視認できないものが壊れる音を聞き拾った瞬間にスマホを向けてくる始末であるし、肝心のドクターも欠片が研磨されるノイズに対して人が成せる筈の表情を見事に取り零しながらこめかみを引き攣らせた。
「も、申し訳ありません」
「……いい。僕が握らせた」
咄嗟に謝罪を口に含むとドクターは複雑な表情のまま怒るでも責めるでもなく静かに損害の罪を自責してから軽く項垂れる。「有り余る犠牲だ」と低く唸りながら。「お前はまるで二枚貝のようだな」という突拍子もない嫌味も抜かりなく添えられてしまって目が泳ぐ。心か拳か、主語はいったいどちらだろうか。二枚貝は貝殻を閉じる為の閉殻筋という筋肉はあるが、開く為の筋肉はないのだ。
「だが、良心が痛むなら病院を訪ねてこい」
「……罪悪感を埋め込まないで頂きたい」
「何を言う。救済を与えているだけだ。それとも金銭で解決するか。これはトウキョウの限定品で二度と手に入らない代物だが、どうする」
「……」
涼しい顔で人の心がない事を言う。壊れてしまえば駆け引きに利用出来ないと割り切ったのか、腕時計をハンカチごと回収する粗暴な力にも遠慮がなかった。

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