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星条旗のショアライン

第16章 【長編】2019年 Xmas企画③(MCU/蛛and医)



「貴方の所持品でしょうか」
何事もなく掌中へ収まった腕時計を一瞬だけ耳に翳して、秒針が無事に時を刻む音を確認したら手首を返す。未だにカップを片手に俺を見上げ続ける男性へハンカチの中を差し出しながらもう一度同じ問いを投げ掛けると、ようやく彼の瞼が伏せられた。もしかしたら今の今まで瞬きすらしていなかったのではと考えてしまうほどに深碧の瞳が頭から離れない。長い睫毛が頬へ影を落とし、僅かに震える。
「グランド・レベルソ・ウルトラスリム1931のルージュだ」
「……え?」
カップをソーサーに戻して咳払いひとつ。新聞をたたみ、組んでいた脚を解くと急に呪文のような台詞を宣う。思わず気の抜けた返事をしてしまったが彼に気にした様子はない。手を伸ばしてくるので受け取るのかと思いきや、何故か手ごと握られて再び腕時計は掌の中へ。
――束の間、金属の軋む感触が敏感な指先を伝わって神経を瞬く間に走り抜き警鐘を鳴らす。壊したら不味い、この腕時計は非常に高価な物だ……と俺の勘が総動員で忠告してくるのだ。慌てて彼の前腕を掴まえて阻止に走ると細身な姿に反して意外にも筋肉が付いた太ましい腕をしていた為、人知れず肩が戦慄く。
「ヒーローを気取るならこれくらい振り解けないのか」
「っ……俺の職業をご存知でしたか」
「勿論。ニューヨークを破壊した張本人だろ」
「あ、あれはチタウリが……」
「君はあの全身タイツの腰巾着だ」
本来、キャプテン・アメリカを『全身タイツ』と揶揄されればサイドキックとして怒るべきところなのだろうが、名前を挙げずとも誰の事だか理解させられてしまったせいで不本意な笑いが込み上がってくる。とはいえ笑みを噛み殺している最中も腕時計は小さな悲鳴を上げているのだから呑気にしている場合ではない。
「ならば俺の性質もご存知の筈でしょう。お願いです、無理に握らせないでください、壊してしまう」
「馬鹿な。何を言ってる。握ったくらいでは壊れない。元々ポロ競技用に作られた時計だ、頑丈に出来ている」
「あっ!」
そう言うと男性は俺の手首を握り締めて引き寄せ、抵抗の間もなく上着ごと袖を捲り上げた。晒された俺の前腕を穴が開くほど見つめながら浮かぶ血管を骨張った指先でなぞり上げる。眼窩隔膜を微かに引き攣らせて眉宇を歪め、眦を絞って呻く姿はさながら知的探求者の観察における様式美だった。

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