第5章 沖矢さん
『外出中だったんですか?』
沖「ちょうど一緒に帰れるかと思い、待っていました。」
話しながら動かされた視線の先には、ベンチがあった。
きっとそこに座って待っていてくれたのだろう。
『わざわざすみません…!』
彼の手には茶色い紙袋が3つも握られていて。
それはなかなか存在感がある。
(…歩き、かな?)
たしか車を持っていた気がするけど…
と考える。
沖矢さんの横を歩きながら、私はなんとなく不思議な気持ちになっていた。
工藤邸に着くとリビングのソファーに座る。
沖矢さんはコーヒーを淹れにキッチンへ向かい、私は向かいのソファーに置かれた茶色い紙袋をじっと見つめていた。
沖「お待たせしました。」
『あっ、ありがとうございます!』
目の前に置かれたコーヒー。
部屋の中がいい香りに包まれている。
ソファーに腰掛けた沖矢さんを確認すると、ふぅ、と少し気合を入れた。
まずはストーカーの報告をしなければ。
『あの…』
沖「はい?」
『ストーカー、捕まりました。』
あまり考えたくなくて、一気に言い切る。
沖「そうなんですか?よかったですね。」
少しだけ驚いたような顔をする沖矢さんに、
部屋に入ってきて、びっくりしました。とか。
安室さんがちょうど居てくれて。とか。
話そうとして口を開くけど
『……っ』
あの時のことを思い出すと言葉は出てこなくて。
代わりに出てきたのは涙だった。
『ごっ、ごめんなさいっ…!』
泣くつもりなんてなかったのに。
スムーズに安室さんの提案のことまで相談するつもりだったのに。
ぽろぽろと溢れる涙は、次から次へとこみ上げてきて。
ああ、もう止められない。
頭のどこかでそう思っている自分がいた。
沖矢さんが立ち上がる気配がしたけど、顔を上げられない。
まだ何も話してないのに
こんな風に泣いても困らせるだけだ。
せめて。
少しでも話さないと。
そう思ってもやっぱり涙しか出てこない私の頭に、
ふわり、と
沖矢さんの手が触れた。
何も言わずにただ、ふわふわと撫でられる。
沖矢さんは、私が落ち着くまでそうやってずっと頭を撫でてくれた。