第5章 君は知らない
「.........」
最初は仲の良い飲み友達、だったんだ。
変に気を使わなくてもいい気の置けない間柄。僕自身必要以上に気張らずに自然体でいられる、こんなに居心地の良い事はなかった。
良い意味で“楽“なんだろう、こんな子と一緒に過ごせたら楽しいだろうなとぼんやり思った。
たまに口うるさくなってしまうのは許して欲しい、さっきも言ったけどあの子は色々と無頓着なのだ。けれど、面倒くさがらずに聞いてくれたなあ...。
「会いたいなあ...」
この感情に名前を付けるなら何になるかなんてもう分かったようなものだけれど、果たして生まれて名付けてしまったとしてもそれが本当に正しい事かなんて分からない。
“良い思い出が無くて...今はいいかなあって“
ちょっとだけ疲れた表情で言った言葉を今でもしっかり覚えている。詳しくは聞かないことにして正解だった反面、何があったのかと気になってしまったのも事実だ。
ねえ、君は知らないだろう
幸せを願った君を、一番そうしてあげたいと思っているのは僕なんだって。
君を笑顔にしたいのは、僕なんだって。
だめだね、名前を付けるより何よりも自覚してしまっているからもう止まれない。
「...やっぱり、連絡してみよう」
いつぞやに会った友人から貰った水族館のチケットが2枚、リビングのテーブルの上にある。
これを口実に、なんて格好つかないけれど今の僕には藁にもすがる思いだった。
起き上がると、ソファの端にあるスマートホンを取りカメラを立ち上げてチケットを撮影した。
そのままメッセージアプリに移動しあの子の名前に触れる。
“お疲れ様!譲って貰ったのだけど、良かったら一緒に行ってくれますか?“
1文とともに写真を添付した。あとは見てもらうのを待つだけだ。
アプリを閉じて再びスマートホンを置くと、深いため息が出る。情けない事に相当緊張していたみたいだ。本当に...こんなこと珍しいな...。
そういえば、あの子に会うのはいつも夜だったなあと思い出す。お互いに仕事帰りだったり、お休みの彼女に出てきてもらったり。基本的にお休みの曜日がなかなか合わないから仕方がないのだけれど今回は別だ。