第2章 翡翠の花嫁(元就/狂愛チック/戦国)
「お侍さま、ひとつだけお願いがあります」
「……何ぞ」
「どうか、私に……お侍さまのお名前を教えていただけませんか?」
人気のない林で身を寄せ合う私とお侍さま。
あの優しい口付けから、どのくらいの刻が経ったのだろう。
ずっとこのままでいたいと思う私でしたが、父も母も店にいたお客様も私のことを心配しているはず。
……そう、私は……帰らないといけません。
「愛しいお侍さまと想いが通じ合えたこと、私は心から嬉しく思います。けれども、私とお侍さまは結ばれてはいけない運命です」
「………………」
「明日には軍師様が私を迎えに来て輿入れの準備をするため、もうお侍さまと会うことは出来なくなってしまいます。……だから、最後に……お侍さまのお名前を、私は知りたいのです」
ずっと気になっていた、お侍さまのお名前。
……聞くなら今しかないと、私は勇気を振り絞ってお侍さまに尋ねました。
そんな私に、お侍さまは考え込むような素振りを見せて暫く黙り込んでしまいましたが…………
「その軍師が来るのは何時だ」
「たしか、辰の刻頃だと聞きました」
「……ならば卯の刻、この場所にて我が来るのを暫し待て。全てを話そう」
そう言って、お侍さまは私を強く強く抱き締めました。
……明日、この場所で私達は逢う……
これはつまり、私とお侍さまの最初で最後の逢瀬ということ。
嗚呼、なんて甘美な響きなのでしょう。
ーーーーこの時の私は、そう軽い気持ちで舞い上がっていました。
まさか、あんなことが起こるとは知らずに。
次の日、待ちに待った卯の刻。
母にどうしても逢いたい人が居ると伝えた私は、急いで昨日お侍さまと約束した人気のない林へと向かう。
しかし、少しだけ早く着いてしまったからか
お侍さまの姿はまだありませんでした。
「………お侍、さま………」
しんと静まり返った林の中、ぽつんと一人佇む私。
……このままではお侍さまに逢う前に、辰の刻がきてしまう。
そう思う私の耳に、不意に誰かの声が聞こえました。
それが誰かは分かりませんでしたが、お侍さまが来てくれたのかもしれないと……私は必死に耳を澄ませました。
すると、その声がーーーー悲鳴だと、気付いたのです。