第2章 ✼藤✼
「甘味処、行けなくなっちゃいましたね」
事後、褥の中でぐったりしていた結がぽつりと呟く。
「次会った時に行けば良い」
「そう、ですね…」
結の声は眠たそうで今にも寝息が聞こえてしまいそうだ。
「眠たいのなら寝ろ、結」
「嫌です…謙信様ともう少しお話していたいです…」
眠らぬように目を擦る結の手を掴んでそれを止める。
(例え俺の為だとしても肌を傷つける事は許さん)
「強く擦ってはお前の綺麗な肌が荒れてしまう」
「……」
(また赤くなったな)
そのまま照れる結の様子を見ていると、結が思い出したように声を上げた。
「そう言えば謙信様。私が未来から来た話はしましたよね?」
「ああ。佐助もだと言っていたな」
「実は二日前にまた未来から人が来たんです。帰れるのはひと月後だそうで…」
(二日前…豪雨の日か)
「私の旧友で男の人でした。これから色々城下を案内したりする事もあると思うので謙信様には言っておこうかなと」
男と二人で歩いていれば恋仲とも間違えられるかもしれない。
その事を見越して結は俺に言ってくれたのだろう。
だがそれでも俺の心の中には少し霧がかかる。
「未来に帰るまでは安土城に置いておくのか」
「はい…」
安土城に置くという事は俺よりもずっと近い距離にいるという事だ。
それはあまり面白い事ではない。
「あと…」
結は何か言おうとしたが、口を噤み、「やっぱり何でもないです」と言った。
「言いたい事は分かった。ならば約束をしよう」
「約束ですか?」
俺は箪笥から小さな髪飾りを着けて結に手渡す。
それは結が牢に入っていた時に贈った物の一つだった。
「お前を信じていないわけでは無いが、これを肩身離さず持っていてくれ」
所詮は俺の気持ちの問題だが、少しでも不安を取り除きたかった。