第12章 What's your name?
―――都内某所
〔――とんだピーナッツだこと。だからこんな島国に来る事自体イヤだったのよ〕
つば広の黒のハットを目深にかぶり、女が吐き捨てる様に呟いた。
それをビル風がなだめる様に流すと、きつめにウェーブのかかった長い白髪も揺れる。
黒レースのタイトなドレスで蒼白い肌を纏い、足元では些か痩せ過ぎてみえる体を支える為に赤い靴底のピンヒールが奮起していた。
覗き込む先に捉えるは、せかせかと行き交う人々。
そんなに急いで何処へと足を運ぶのか。
忙しないその様子はまるでRPGのキャラクターのよう。ここにコントローラーを用意できるなら何ともいえない背徳感位は得られそうだ。
「……旨いピーナツバターになれる奴もいるかもよ。
つーか、散々楽しんどいてよっく言うよ」
やや甲高い声に手すりを背にくるりと女が体を向けると、ストロベリーブロンドのボブ髪にスパイラルパーマをかけた男が大の字になって空を見上げていた。
ストライプ柄の深緑シャツは、細身のサスペンダーが真っ青なアラジンパンツと繋いでいる。
〔何よ、文句あるわけ?〕
「文句っつーか」
視線だけ動かすと壁際には紙袋の山。
どれもこれも高級店のものばかりだ。
〔いいじゃない、ショッピング位しなくちゃ退屈だわ〕
「ったく、だーかーら日本語話せる様にしたってのに使わねぇもんだから俺が付いてく羽目になってんじゃんって話」
〔低俗な言葉を使うのも嫌だし、誰も頼んでないわ。それにアタシあの甘ったるい食べ物嫌いなの〕
そう言い放つと女は横に立っていた長身の男の腕に自身の腕をねっとりと絡めた。
〔んー、やっぱりこのスーツ素敵だわぁ。それに昨日買ったネクタイ……ワインレッドで正解ね〕
体にフィットしたチェック柄のスリーピース。
彼の為だけに仕立てられたであろうスーツは当たり前だがよく似合っていた。
目深に被ったハットと、柄に鳥の頭の彫刻があしらわれた傘に磨きこまれた靴。
胸のポケットからは品の良いハンカチがみえた。
「なぁーお前からも言ってやってくれよー。も、俺が気の毒で仕方ねぇよ」
呆れた表情で放り出していた足を折り畳み手で抱えて揺りかごの要領で揺れると、掛けていた丸メガネが振動でズレるたが伸びてきた手がそれを正した。