第12章 What's your name?
―カシャン
束の間の安息、木々のすぐ脇で暫くフェンスに寄りかかっていると、背中に振動を受ける。
見上げるとイチが肩肘を付きながら、緑谷を見下ろしていた。
「morning 出久 早起きだね」
緑谷は少しだけフェンスから離れると、両手で目に日影をつくって朝の挨拶を返す。
「おはようイチ。早く目が覚めちゃって散歩してたんだ」
「ふーん、そっか」
――ガシャン
フェンスから伝わる衝撃で花が舞う。
細いフェンスの上で逆立ちのまま数歩綱渡りの真似をしたイチも目の前に降ってきた。
ひと目で何をしていたかが分かる。
半袖とオールインワンの夏用デニムは水を吸って重そうだ。
「あー気持ちよかった」
そう言いながらポタポタと落ちる水滴を振り払う仕草は、水に濡れた動物が見せる動作そのものだった。
だからという訳ではないが、大体その時近くに居た人間は被害を被るというもの。
仕方無く自身の乾いたシャツで顔を拭いながら緑谷がタオルは無いのかと尋ねれば、イチは「ない」と両手のひらを向けてヒラヒラさせた。
濡れるのに拭くものを持ってこないのは如何なものか。
それ以前に服を着たまま入るなど、相澤にでも見つかれば即座に捕縛されて怒られる行為だが……。
不安をよそに当の本人はご機嫌な様子で髪をかきあげると、水に濡れて小顔が更に際立つ。
するとイチは急に動くのを止めて緑谷の後方に視線を合わせた。
後ろを向けば少し離れた所から気怠そうな表情の男がこちらへ歩いてきていた。
緑谷の横に並ぶと「よっ」と、目配せを1つ。
それに挨拶を返すと、体温が急激に上がった気がする。
どうにもウェンウィルと対面すると未だに緊張をしてしまう。
もはや反射的なものとしか言いようが無い気がした。
「どうしたのさ?」
「ずぶ濡れのまま戻ってこられても迷惑だからな。
それともなんだ。この前みたいに風呂上がり床濡らしたままにして、こっぴどく叱られたいのか?」
ウェンウィルはそう言って手に持っていた大判の白いタオルをイチに向かって投げて寄越した。
会話から常習犯なのが伺える。
あからさまにイチは嫌そうな顔をしたが、緑谷にも伝わる程の圧が隣からにじみ出ると観念したのか渋々肩にタオルをかけていた。