第12章 What's your name?
軽く身支度を整えて外に出ると、両手を上げて大きく息を吸う。
味なんかしないけど、朝の空気は澄んでいて美味いと表現したくなる。
すっかり明るくなった空を見て今日もいい天気だと、冷えた緑茶のペットボトルを片手に朝食まで少し散歩してみる事にした。
夏の朝は日中に比べて過ごしやすい気温だ。
だからか家に居た頃、早朝ランニングしていると、暑くなる前に良く犬を散歩している人を見かけたものだ。
そういえばオールマイトと特訓したあの海岸でもよく散歩する人を見かけるようになった。
綺麗になってからは、今や新しいデートスポットや散歩コースとして巷で人気になっているらしい。
きっと綺麗になったら皆歩きたかったんだろう。
自分だって通る度に思ってた。
ただ自分がやるだなんて思っていなかっただけで。
そんなに前の事じゃないのに、凄く前の事に感じるんだ、そんな類の話を飯田にしたら、時間の流れるスピードが今の自分とズレているからだろうと言っていた。
『――― 次は君だ』
自動的に視線が下へ降りていく。
意識せず暫く歩くと風が顔を上げさせた。
微かに甘い香りが漂ってくる。
(……いい匂い、知ってる香りだ。何だっけ、なんかすごく懐かしい)
誘われるがまま歩いていくと、プールのある場所に出た。
プールに来るのは少し前に訓練の一環でクラスメイトと使った以来だ。
以前は気にならなかったが、フェンス脇に木々が植えられていた。
部分的に色づくその姿にアイデンティティを感じたが、それでも名前は思い出せない。
足元には役目を終えた沢山のオレンジの小花で作られた絨毯が、ほんの少し淋しそうに広がっている様だ。
『【嗅覚は五感の中で最も本能的な感覚】と言われてる。だから意識してなくとも脳は香りを忘れないんだよ』
昨日警察が相澤を訪ねてきた理由は結局分からない。
生徒である前に一般人の自分がそれを知る事はできないからだ。
相澤が無事で良かった反面それが少しだけもどかしく、思い知らされる。
法の前に己はまだ無力だと。
だからこそ、早くスタートラインへ。
偉大な先人が長い間護ってきた【平和な日常】を【日常】へ、紡いでいくために。