第10章 追熟の世代
「パパきらい?」
充分涼んだのかイチは轟の左肩に顎を乗せた。
サラサラとした肌触りの良い黒髪が、汗の引いた轟の左頬を触る。
「……どうなんだろうな」
口から溢れたのは、肯定でも否定でも無かった。
急に思い出す事は良いものとは限らないから質が悪い。
少し間が空く。
ほんの数秒。
自分と意識が離れる感じ。
「きいちゃいけないこと?」
「分からない」
サラサラとした髪が頬を擽る。
無意識に轟は視線と一緒に顔を右に少し傾けた。
「ショートむずかしい顔より、笑った顔のが似合うよ」
身体を乗り出し、後ろから轟を包み込むとイチは小さく呟いた。
「しってる?「人間って唯一感情を持つ事を許された生き物」なんだって」
頬を数回擦り寄せられると、背中が外気に晒され体が軽くなる。
「ストレッチ、ちゃんとしてね?[よく眠って]ショート」
背中を押されて一歩ニ歩。
振り向くと少しずつ夏を追いやる風が、小高い山の上に集まった月の光で一層濃くなる影を揺らしていただけだった。
「で、結局どれ?オレ女の子なら誰でもいいや」
〔ガキに興味ないわ〕
〔私は強いて言うなら彼だな。興味深い〕
〔あら〜♡アタシもそう思ってたわ〜〕
「……」
〔次その顔したら殺すわよ〕
「……っと、おっかねぇ」
「ちょっ、僕の後ろに隠れないでくれよ、溢れる」
〔アタシ、ホットワインがいいわ〕
「はいはい。どうする?」
〔私はそのまま貰おう〕
「分かった。で、君はこっちのがいいだろ」
「おっ、さっすが♪」
〔毎度毎度コークなんてガキね〕
「生憎まだまだ若いんで」
〔やっぱ死にたいようね〕
「……うるせぇな、寝てらんねぇぜ。なぁ、俺にも酒とってくれよ」
「散々飲んできたくせにまだ飲むのかよ。匂いが残るぞ」
「バーカ、あんなん飲んだにはいらねぇよ。
それに、まだ大丈夫だ。つーか何だよ、アイツまだやってんのかよ」
「そっ、……哀れな女。……あ、ようやく飽きたみたい」
〔喉乾いた〕
乾いた廃墟に声はよく響く。