第7章 イカれた帽子は兎と歌う
「……っオイ、てめぇ、爆豪っつーガキだよな」
酒ヤケした声が世の中との交信の再開を告げる。
先程までの、女達の様に好意的な呼びかけでは無いのは直ぐに分かった。
パンチパーマに、首元や指に光る金の装飾品。
趣味の悪いシャツに、ドクロの付いたベルトで何とか落ちずにいる腰パン。
顔の近くまで来ずとも香る酒臭い男が目の前にいた。
一方的に捲し立てられる罵声。
突然始まったショータイム、つまらなさそうな観客。
……慣れている、
いや慣らしただけ
慣れるなんて、あるわけ無い。
いつしかぼんやりとした頭で男を見やると、無性に目の前の全てを壊したくなる衝動を覚えた。
無意識に右手には、熱が籠もり始める。
駄目だと頭では分かっても、ふとした瞬間、人間はその一線を越える事がある。
それが尽きることの無い、人間の欲に繋がるのだろうか。
―――パシッ
熱のこもった右手に冷たさを感じ、思わず手ではらった。
顔はそのまま視線だけ足下を見ると、プラスチックの容器から溢れた液体が乾いた地面を濡らしていた。
「もぉー、こぼれちゃったじゃん」
声の方に視線をやると、アイスを片手にイチが立っていた。
「あっ、……わり……」
―――お巡りさん!コッチです!」
誰が呼んだのか、いつの間にか警察官が3人到着すると、男は暴れる事なく、2人の警官に両腕を掴まれ連れて行かれた。
「怖かったろう?大変だったね、ケガはないかい?」
1人残った背の高い優しそうな顔をした警官が、制帽のつばに手を当てながら爆豪に尋ねる。
「いや、無いです」
「そうかい、それなら良かった」
警官はその顔に恥じぬ笑顔で優しく笑った。
それから少し屈むと、隣にいたイチにも同じ質問を繰り返した。
「大丈夫だよ。コレさっきの人のだから、わたしてあげて」
その左手にはさっきの男がしていた、ドクロのベルトがあった。
遠くから女の甲高い声と、どよめきが届く。
警官はベルトを受け取ると、慌てて3人を追いかけていった。
何時しか周りの視線は男の方に集中していた。
イチは落ちた容器を片付け、「かーえろ」と笑いかけると立ち尽くす爆豪の右手を握った。