第16章 血生臭い足跡
無個性だった頃から、咄嗟に個性持ちなのか否か考えてしまうのが緑谷の長年の癖だった。
異形型じゃない、それもイチに会った時の印象だった。
「でもね、元から関係無かった種もいるのさ」
顔をあげると視線が交差する。
その束の間、確かめる様に緑谷は息を吐きだした。
「【狼男】って聞いたことあるだろう?
毛が生え爪と牙が伸びたちまち人型から獣の姿へと変ずる人狼ってやつさ。
もっとも満月の夜なんて縛りは無くて、彼等の場合は任意だけど。
祖と言われるもっとも古い種族だからか、狼は獣人の中でも別格、人間との繁殖は至って自然な流れだったんだろうね。
でも1番人間に近いはずの狼だけ異種混合を拒んだ。
いち種族としての意地……みたいなものだろうね。
良いか悪いかは別として、唯一純粋な血を守り続けている。
変わる事も必要だけど、変わらない事もまた必要って事さ。
とまぁ、そんなこんなで獣人は人間との共存に成功した……って言いたいんだけど、そうもいかないわけで。
だいぶ経った頃に、ある噂で巷では持ち切りだった。
【人間離れした人間がいる】ってね」
体の内側で忙しないドラム音が響く。
根津の声と重なって奇妙なリズムが生まれて現実が2つに分かれていく、そんな感覚だった。
「きっかけは些細な事だったはずさ。
危機感なんて人間と同じだけあれば良いんだから、警戒心が薄れた彼等を表舞台へ引っ張りだすのは容易い。
それがろくでもないやり口だとしてもだ」
普段と変わらない口調、しかし【感情的】そんな印象を受けた。
会話する事は時におもわぬ自体を生むが、だからと言ってむやみに追求する事は野暮な行為という時だってある。
いくつか疑問はあるが、口を挟む事を緑谷はやめた。
あくまでも己を抑えながら話してくれる根津に敬意を、それが今自分ができる事だと思ったからだ。
「……僕もまだまだ未熟なものだ」
緑谷の意図に気づいたのかは不明だが、根津はそう言ってうっすらと逆立つ自慢の毛をしばし整えた。
それから再び飲み物を入れる為か立ち上がると、そのまま話を続けた。
カランカランと涼し気な音が鳴る。
なんだ冷たいのあるんだ、それが少しだけ可笑しかった。