第7章 迷える子羊
及川さんがモテるのは前々から知っていたし、彼女の2人や3人や10人いたことだってあるだろう。ならば、デートにも慣れているんだろう。
そんなことくらい予想はつくけれど、
「楽しかった?」
予想以上に紳士だな。
気遣い完璧、話題には欠かないし、イケメン。
「…及川さんがモテる理由がわかった気がします」
楽しかった。
ショッピングモールに行く前に、穴場な家庭的イタリアンでピザを食べて、最近上映されたアクションコメディーを観て、映画の感想を言い合いながらウィンドウショッピングをして、ただ今電車の中。
「何その感想!?
エスコート完璧だったでしょ!?羽奏ちゃんのためなら及川さん、頑張っちゃうから!」
ちょっと(かなり)煩いけれど、今だって混んでいる電車の中、壁と及川さんに挟まれて、私の周りのスペースは確保されている。
壁ドンってやつ?
「なんか、居た堪れないです」
蛍の"幼馴染の特別扱い"と、やっていること自体がそう変わるわけではないけれど、蛍以外にこういう扱いをされたことなんかないし、幼馴染というレッテルが無い分、"特別扱い"の理由を考えてしまう。
「俺はさ、羽奏ちゃんが好きだよ。そういう意味で」
え、
「え!?」
「やっぱり気づいてなかった。結構アピールしてきたつもりなんだけど」
だって及川さんは、他の女の子にも優しいしモテるから、そんなの分かるわけない。
「返事はいらない。『待ってる』って言えたら格好いいけど、羽奏ちゃんが見てるのは俺じゃないでしょ?」
私は、誰を見てる?
「いいんだ、それは。
俺は、羽奏ちゃんがバレーを辞めた理由とか、何であんな中途半端にマネージャーしてるかとか、気にならない訳じゃないけど、羽奏ちゃんのことで、羽奏ちゃんが決めることだから、確かに俺には関係ないよ」
車窓でくり抜かれた夕焼けが、遠く遠く橙色を伸ばしている。
「けど、関係ないから、羽奏ちゃんが落ち込んでる時、全力で息抜きに連れて行ってあげる。悩んでるなら、それよりもっとバカで面白いことをすればいいし、悲しいなら、それよりもっと楽しいことをしよう?
バカなこととか面白いこと、楽しいことがわかんないなら及川さんが連れて行ってあげるから、1人で落ち込んだりするのはやめて」