第3章 出会いの化学変化
「久しぶり~。連絡くれないから及川さん、寂しかったよ~」
びくん、と肩が跳ねたのが分かった。
水道の蛇口を捻り、ボトルの中に水が落ちるのをぼんやりと眺めていれば、パシリと手首を掴まれ引き寄せられて目が合った。
「………お久しぶりです」
見慣れた制服姿でもジャージ姿でもないけれど、甘いマスクとツンツン頭は変わらない。
懐かしくて、どこまでも幸せな記憶が一瞬にして蘇る。
目を閉じれば、ボールの感触、観客の応援、コートの中特有の熱気さえ思い出せそうだ。
「……やっと、会えた」
話しかけてきた割には、会話をする気はあまりないようで、でも手首は、私が逃げるのを恐れるように強く握られている。
顔と顔との距離は近くて、及川さんのファンに見つかったらややこしい事この上ない状況だろう。
甘いとか、そういう雰囲気では全くないのに。
私を覗き込むのは、暗いドロッとしたものが渦巻くような冷たい、違う、寂しそうな悲しそうな瞳。
この人は、こんな目をする人だっただろうか。
私の記憶の中の及川さんはいつもにこやかで、悔しそうなときだってあったけれど、瞳の奥の熱量が失われたことなんてなかったのに。
「ねぇ、何があったの?俺のこと、嫌いになっちゃった?」
違う。そんな訳ない。
及川さんが嫌いとか、だから会いたくなかったとかそういう訳ではないけれど、でも、及川さんと知り合ったあの時期は、私の世界が一番輝いていた時で、もう、私の世界は色褪せちゃったから、
「………及川さんは、私には眩しすぎるよ」
何でか、及川さんは泣きそうに顔を歪めて、私の手首を離したから、そのまま蛇口を閉めて、ボトルの蓋も閉めて、ボトルを入れたカゴを持って、及川さんに一礼だけして背を向けた。
知ってたよ。
及川さんがあの後、牛島くんに試合で負けて、でもその試合でベストセッター賞を獲って、高校でリベンジするって決めて、岩泉さんと青葉城西に進んだこと。
牛島くんっていう同年代の天才を追いかけて練習し続けて、そうしたら2歳年下の天才セッターが現れて、天才と天才に挟まれて、でも、チームとして勝つんだって岩泉さんに言ってのを、私は聞いていた。それから、及川さんは市民体育館に通うようになった。
天才はムカつくとか言いながら、諦めるんじゃなくて努力しようとする及川さんを尊敬してた。
あぁ、本当に眩しい。