第3章 Icy doll
静かになったアッシュはもう放っておくことにして、俺はここからの眺めを楽しむことにした。
カフェのすぐ目の前にはイーストリバーが広がって、向こう岸にはニューヨークの摩天楼が見える。
公園に隣接しているこのカフェは、テイクアウトをしに来るカップルや家族連れも多いようだ。
時折その公園から、子供達の楽しげな声が聞こえてくる。
今日は快晴、気持ちのいい風が吹いている。
確かにさっきの店員は綺麗だったけど、あんなニコリともしない女より、イーストリバーの水面が柔らかい陽射しにキラキラ照らされているのを眺めた方がよほど楽しい。
・・・もっとガキの頃なら、必死になって手に入れようとしたかもな。
まあ、たまに目の保養で見るくらいならいいかも知れない。
ぬるくなっていくアイスコーヒーで喉を潤しながら、今度は俺もここで本でも読んでみるか、なんて気になった。
しばらくしてコーヒーを全部飲み終わり、まだ雑誌を読むというアッシュに10ドル札を一枚置いて、俺はカフェを出た。
今日は特にやらなきゃならないことも無い。
う〜ん、とひとつ伸びをして、カフェの周りをぐるりと歩いてみる。
このままのんびり散歩でもしながら帰るか、などと思っていると、四角い建物の裏手、ちょうどカフェのエントランスとは反対の場所に、ハシゴがかけてあるのが見えた。
屋上でもあんのかな。
上を見上げてみたが人の気配は無さそうで、カフェで出たゴミを入れておく大きなボックスとボックスの間にかけてあるそれを、つい出来心で登ってみる。
案の定、そこには誰も居なかった。
だだっ広い平らな屋上に、地面に固定されたパラソルと、その真下に小さな椅子がひとつずつ置いてあるだけだ。
「いい眺めだな」
誰もいない屋上に優しい風が吹き抜けて、眼前には午後の陽射しを反射するイーストリバーの水面。
少し身体の向きを変えれば、公園の芝生を駆け回る犬や子供達。
木陰で楽しそうに戯れる学生やカップル。
ベンチで静かに寄り添って語らう老夫婦。
俺は思った。
ここは昼寝の続きをするには持ってこいの場所だと。
そしてこのパラソルは、きっとそんな奴のために置いてあるのだと。