第3章 Icy doll
厨房へと戻っていく後ろ姿を見ていると、ひとりの客が意を決したように彼女に声を掛けた。
声は聞こえないが、どうやら連絡先でも聞いたらしい。
可哀想に、間髪入れず断られたようで、この上なく分かりやすくしょげている。
「あの光景、俺が来てからもう五回目だぜ」
アッシュ自身は彼女に全く興味は無いらしく、つまらなそうに頬杖をついた。
「とんだ客寄せパンダだな」
彼女目当ての男でこのカフェはいっぱいだ。
俺がそう言うと、アッシュがテーブルに置いてあったマドラー代わりのスプーンを掴んだ。
今しがた運ばれてきたばかりの俺のアイスコーヒーのグラスから、そのスプーンを使って器用に自分のグラスに氷を移している。
「パンダじゃねえよ。アイスドール」
アッシュの手元で、氷がカラン、と音を立てた。
「アイスドール?」
「フラれた奴らは皆そう言ってるらしいぜ。氷のように冷たい人形みたいな女だってな」
「へえ・・・」
なるほどね。
まあ、納得できる。
見た目はともかく、あんなににべもなくフラれちゃあな・・・
「なんでこんなとこでバイトしてんだろうな?ナンパ待ちでも無いのにそんなひっきりなしにアプローチされちゃ、面倒なだけだろ?」
俺はアッシュによって氷が取り除かれたアイスコーヒーのグラスを掴んだ。
初夏とは言え陽射しの中を歩いてきたせいか、ひやりとした感触が気持ちよかった。
「さあな。本人に聞いてみろよ、ショーター。ああいうの、けっこうタイプだろ?」
「やだよ、見た目はともかくあんな冷たくされたんじゃ、俺のガラスのハートが粉々になっちゃうじゃねぇか」
アッシュは俺の言葉に肩をすくめて、また雑誌を読み始めた。
「オイオイ、呼んどいてもう放置する気かよ!」
「悪いなショーター。俺はここが気に入った。今図書館は改修中で落ち着かねえし、ここならあの店員目当ての男の客ばっかりで、俺の読書を邪魔されることは無い。しばらくここに通うことにするぜ」
「おまえなぁ・・・」
なんちゅー自分勝手なヤツめ。
でももうこんなアッシュの仕打ちには慣れっこだ。
本当は俺に会いたかったくせに、お前も素直じゃないな。と、思うことにした。