第2章 The last scene
笑いながらゆっくりと床に下ろすと、もうっ!と胸をげんこつで叩かれた。
まあ、の力じゃ痛くもかゆくもないが。
しばらくの間ふたりで笑い合いながら、夜の花見を楽しんだ。
「・・・願わくば、花の下にて春死なん・・・その望月の如月の頃・・・」
「何それ、ニホンゴ?」
唐突にが呟いた言葉は、その響きから何となく日本語だと分かった。
「わ、さすがショーター!たまに変なニホンゴ書いたTシャツ着てるだけあるね。そう、日本の“和歌”だよ」
「オイオイ、変な、は余計だろ。・・・まあいいや、“ワカ”ってなに?」
「うん。今日ね、日本画の教授が雑談で教えてくれたの。何百年も昔に作られた、こっちで言うポエムみたいなものだって」
美大で油絵を専攻するは、勉強のために他の専攻の講義も受けている。
色んな国のアートを学ぶことで、自らの作品を描く時に参考になるらしい。
たまに大学で学んだことを、一生懸命にあれこれ教えてくれるのを聴くのが俺は好きだった。
「ふうん、で、さっきのはどんな意味?」
「うんとね・・・“もし願いが叶うなら、春に満開の桜の木の下で死にたい”」
からは、予想もしなかった回答が返ってきた。
「死にたいとか・・・なんか物騒だな」
怪訝そうに聞き返した俺に、が慌てて否定する。
「ちがうちがう!この作者は別に死にたいわけじゃなくて、もし寿命を迎えたらその時には・・・ってことだよ。自分の命が尽きる時、美しい桜の下にいられたらこれ以上幸せなことは無いって意味だと思う。諸説あるらしいけどね」
「ふうん・・・。日本人てのはそんなに桜が好きなのかね」
「どうなのかなぁ。でもこんなに綺麗なんだもん、何となく気持ちが分からないでもないかも」
そう言って、はクシュン、と一つくしゃみをした。
「言わんこっちゃない、風邪ひく前に寝ようぜ」
窓を閉めて、をもう一度ベッドに引きずり込む。
春が来たとは言えまだまだ夜は冷える。
すっかり冷えてしまったの両脚に、自分の脚を絡ませた。
は安心しきったように腕の中に収まっている。
「ねえショーター。さっきの和歌のことだけど」
「ん?」
「私ね、作者の気持ちが何となくわかる気がする」