第26章 一部・疑心と安心
「いや、それはいい。部屋が暗くなったと言う事は眠るんだろう」
眠っている女性の部屋に侵入する様な不躾な真似は出来ない、と兄者は立ち上がってくるりと背を向ける。
「待てよ兄者~!明日は一緒に霧羽んとこの見世行こうぜ」
「断る。あまり得意じゃないから」
「ちぇーっ。んじゃあ俺は花魁と遊んでから宿に戻るよ」
「遊びは程々にしとくんだよ」
程々ねぇ…あんなイイ女と毎日顔を合わせといて生殺しじゃ程々には治まらねぇよなぁ。
※※※
『ん゙…ゔ…』
「………」
チヅルが仮眠を取り出して四半刻くらいだろうか。寝苦しそうに呻いて布団を握り締める。
「チヅル…」
どうすれば安心して眠れるのだろうか、と考えながら頬に指を滑らせて頬にかかる髪の毛を払い除ける。
-ガバッ-
『はぁ…はぁっ…』
勢い良く飛び起きると肩で息をしながら苦しそうに顔を歪める。僅かに震える小さな背中に手を当てれば我に帰った様に目を見開いて俺を見る。
『イタチ…さん』
「大丈夫………では無さそうだな」
『………』
-とん…-
「!」
より一層深くなる甘い香りと胸に預けられた額から伝わるチヅルの体温。どうすべきか一瞬だけ迷った。迷った時に頭に過ぎったのは夕刻、チヅルが道中してる時に部屋に入って来た女中達の会話。グズグズはしてられない気がした。
その華奢な身体を引き寄せて髪の毛を梳く。
『どうしてだろう…男なんて死ぬ程大嫌いなのに………イタチさんが居ると………安、心…』
だんだんと小さくなる声。
「チヅル?」
『………』
「チヅル…」
『…すー………』
「………」
まぁ、いいか。
※※※
夢を見た。
お祖母様の夢。あの日の夢。まだ何も分からないアタシに鏡魔眼の説明をするお祖母様。でもやっぱり肝心なところから声が聞こえなくなる。読唇術なんてものは持ってないけど唇の動きを必死に読み取る。最後の覚醒の条件は………
『………ん』
温かい。ぼんやりとする視界。随分と良く寝た気がする。ここの布団こんなに温かかったっけ、とか枕はこんな感じだったっけ、とか覚醒しない頭を働かせてみるけど上手く働かない。