第3章 アッテンボローの苦悩
ダスティ・アッテンボローは焦っていた。
自由大附属病院でメスを執るようになってから数年経つが、これまで一度たりとも患者を不満足にさせるオペはしていない。彼はその心づもりであり、事実、彼は異例の副外科長に昇進している。
そんな彼を奈落の底に落としたのは、副院長マルコ・ネグロポンティであった。
アッテンボローはネグロポンティのオペに助手として先日の執刀に臨んだ。
ネグロポンティはトリューニヒトの側近であり、権力者にゴマを擦る腕は一流だが、外科手術の腕はやぶ医者の名に相応しいというのは専らの噂であり、アッテンボローは一抹の不安をよぎらせてのオペ室入室となったが、その不安は数時間もしないうちに彼の目の前に具現化して立ちはだかった。
ネグロポンティは、ゴマすり手腕もさることながら、プライドの高さも一流であり、オペが難航しても助手に手助けをさせなかった。あまりの手際の悪さにアッテンボローは何度も交代するよう要請したが、ネグロポンティは全く聞く耳を持たず、気づいた時には患者の出血は致死量を超えていた。
アッテンボローはネグロポンティを押し退け、必死の救命をおこなったが、この時既に、患者の心配は停止し、術部の血管は甚だしく破裂していたために、為す術もなく、ほどなくして患者は死亡。
これは当然ネグロポンティが引責するべき事案であった。
ところが、アッテンボローの医師生命は、院長トリューニヒトの一言によって断崖絶壁に晒された。
「患者死亡時の執刀医は、君だね?」
アッテンボローはその言葉の意味を瞬時に理解した。トリューニヒトはネグロポンティを守り、本件の責任が彼に押し付けられようとしているのであった。
無論、患者の遺族は附属病院を相手取り、医療過誤の訴えを起こしてきた。その矛先が、アッテンボローに向けられていた。
アッテンボローは怒りに震えた。それと同時に、怖気をふるった。昔医局にいた女性医師がトリューニヒトに盾付き、彼によって病院を追放された。その後も、どこの病院も彼女を雇わないよう手を回したに違いない、彼女の医者生命の水脈は途絶えた。そんな前例を、アッテンボローは目の当たりにしていた。
今度は俺かもしれない。そんな考えがよぎった。
彼は、医学部時代の先輩である附属病院内科医に相談した。その後、彼の高校の同級生に弁護士がいることを思い出し、連絡をとることにした。