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紅茶とひまわりのクランケ【銀英伝】

第2章 アールグレイは彼女を誘う


『March Rabbit Tea Room』ーーミアが贔屓にしている紅茶専門店であり、休日に一息つきに訪れるカフェだ。
変わり種の茶葉を取り扱っているわけでも、値の張る最高級の茶葉で淹れた紅茶を楽しめるわけでもない。ただそこにあるのは、老齢のマスターが気分で流すJAZZのサウンドと、時たま聞こえるサイフォンが首を振る音。そして、鼻を吹き抜ける豊かな茶葉の香り。ミアを満足させるには、これだけでいい。

「…マスター?」
ミアは重いドアを押し、ひょっこり顔を出した。
「まだ大丈夫ですか?」
マスターは、ミアを一瞥したあと、店の奥の方へ顔を向けた。
「…すいませんお客さん、大丈夫ですかね?………ああどうも、ありがとうございます。
ミアちゃん、もう閉める時間だけど、常連さんだから特別だよ。いらっしゃい」
ミアは軽く一礼して、店の中に入った。
(客がいる…)
ミアが驚くにも無理もなかった。
この店は大通りから外れていて、人があまり寄りつかない。ましてやこんな夜の時間帯は、人ひとり歩いているか怪しいくらいだ。もっとも、白黒まだらの猫が、よくカフェの近くで寝ているのだが、それ以外の野良猫を見かけるのも稀である。

ミアはマスターにいつものアールグレイ茶葉を渡し、お札を出した。小銭入れの中身はいつまで経っても膨れ上がるばかりだ。
「あの、マスター」
「どうした?」
「向こうの席の人は…?」
「あぁ、新規さんだよ。何年ぶりだろうねぇ、うちに常連さん以外がお見えになるなんてね」
「へぇ…」
ミアはふとその客の方を見た。
中肉中背の男だった。収まりの悪い黒髪を煩わしそうにかきあげ、ハードカバーの歴史本を読んでいる。ミアのいるレジからは顔はよく見えないが、長いまつ毛が微かに見えた。
「史学科の学生さんかねぇ?でも、さっき出した紅茶にはブランデーを入れたから、成人はしてるみたいだけどね」
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