第1章 仕事終わりには香る茶葉を
「はぁ…」
ミアは、その件を思い出し、独りため息をついた。
ミアはトリューニヒトに怯えていた。会ったこともない人間なのに、写真を見ただけで伝わるカリスマ性。そしてその背後に見え隠れする、彼の裏の顔。
考えすぎだ、とミアは自嘲した。かれこれ数年、法律の専門家として多種多様のクライアントと会ってきたのだが、ここまで明確な恐怖を抱いたのは、これが初めてかもしれない。
「あ」
茶葉が切れてしまった。ミアは思わず頭を抱えた。仕事から逃避するための唯一のよすがさえも、彼女に微笑みかけてはくれないらしい。
「…まだお店開いてるかな」
ミアは腕時計に目線を落とし、小走りに事務所を出た。