【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】
第4章 Hello, goodbye
「これ、やるよ」
言いながら俺が身につけていたマフラーをリサの首に巻くと、ぽかんと口を開けて固まってしまった。
「いつもそんなカッコしてるけど寒いだろ?」
ハッと我に返ったリサが慌てたようにマフラーに手をやった。
「いや、そんな、もらえないよ」
「いいよ、俺こないだの傘も返してねえし」
正確には、アジトに置いたら誰かが持って行ってしまったんだが。
「あれは元々あげるつもりで渡したんだからいいの」
「俺も同じだ。これで貸し借り無しだな」
そう言うとリサは一瞬だけ寂しそうな顔をしたけど、すぐに笑顔になった。
「分かった。ありがとう・・・暖かいね、これ」
マフラーに鼻まで顔をうずめている。
フードをかぶってマフラーを首に巻いたその姿は、ロシアの何とかって言う人形みたいだと思った。
リサがどんなことを考え、感じているのか分からない。
だけどこのマフラーで少しでも暖かくなるなら。
それに、巻いていれば誰かに痣を見られることも無い。
そう思った。
地下鉄は反対方向に乗るせいで改札を入ったところで別れた。
「アッシュ、風邪ひかないでね。私がマフラーもらっちゃったから」
「そんなヤワじゃねえよ。じゃあな」
「うん、ありがとう」
見送ったパーカーの背中には何が書いてあったのか、それとも何も書いていなかったのか、後ろに垂れたマフラーのせいで見えなかった。
でもそんなことよりも、リサの首にあった痣のことが気になっていた。
誰にだって聞かれたくないことの一つや二つある。
だけど先週から時折リサが見せるいつもと違う表情が、どうしても心に引っかかっていた。
俺はどこまで踏み込んでいいのか、分からずにいる。
この時リサが本当は何に苦しんでいたのか、聞いてやればよかったと後になって後悔するなんて、思いもしなかった。