【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】
第2章 Requiem
「クソッ・・・」
ザラザラとしたコンクリートの床にスマホを投げ出す。
指先の感覚は既にずいぶん失われていた。
こんな窮地は久しぶりだ。
どうにもならない状況なのに、頭はやけに冷静だった。
もとより暖かいベッドの上で穏やかに死ねるだなんて思っていない。
自分が生きている場所はそういうところだ。
身体の芯まで冷えてきたところで、空からゴミのような雪が降ってきた。
だんだん大きくなる雪の粒が頬に落ちて溶けていく。
ふと、クリスマスでもないのにどこからか歌声が聴こえてきた。
賛美歌でもなく、街で流行りの歌でもなく、聴いたことの無いメロディだった。
ふっ、と、乾燥してひきつる唇の端を歪めた。
こんな廃墟と化したビルの上で、歌なんか聴こえる訳が無い。
「幻聴が始まったか」
死ぬのか、ここで。
神なんかとっくに信じていなかったし、何人もの人間を手にかけて、今さら天国に行けるとも思ってはいない。
それなのに、さっきからやけに気持ちは穏やかで、寒かった身体もなんだか暖かくなってきたようにすら思えた。
柔らかな歌声は高く、低く、何度も同じメロディをなぞっていた。
歌詞はあるようだが地上の騒音にかき消され意味までは聴き取れず、しばらくすると全てラララに変わってしまった。
喉の奥でくつくつと笑う。
「ほかの曲は無いのかよ」
空に向かってつぶやく。
ラララばかり繰り返す歌声は、不思議といつまでも聴いていたい、どこか懐かしくて優しい歌声だった。
その声に包まれるように、意識が遠のいていく。
「悪くないかもな・・・」
強まっていく雪が眩しくて、白い色に埋もれるように目を閉じた。