【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】
第3章 美しい人
そう言って男が部屋を出て行くと、辺りは静寂に包まれた。
ふっ、と息を吐き出して、胸の奥に渦巻いていた気持ちを全て押し流す。
やっと、終わった。
永遠にも思えた苦痛の時間から、少なくとも肉体だけは解放された。
数時間ぶりに自分の意思で身体を動かすと、あちこちがギシギシと音を立てた気がした。
大きな窓のブラインドを傾けると、まだ夜が開ける前の空が広がっていた。
「帰らなきゃ・・・」
こんなところ、一分一秒だって居たくない。
床に落ちたままのワンピースを拾って着ると、乱れた髪もそのままに、エレベーターに乗った。
地下の駐車場には、ここへ来た時と全く同じ様子で車が停まっていた。
乗り込むと、後部座席に紙袋が置いてある。
持ち上げてみると、いくつかの札束の感触。
色んなものと引き換えにしたそれは、果たして軽いのか重いのか私にはわからず、誰か教えて欲しいと思った。
車は高級住宅街を抜けてアパートへと向かって行く。
「ここでいいです」
アパートの少し手前で車を降りると、車が見えなくなるのを確認して、“危険・進入禁止”と書かれたテープが張り巡らされているビルの入口から中に入る。
いつから立ち入り禁止なのかは知らないが、最低でも数年は誰も使っていないであろう廃ビルだ。
奥にある非常階段をずっと登って行く。
そして屋上まで辿り着くと、さらにそこにある給水タンクの上に登った。